東アジアの軍事・核ガヴァナンスの障害

孫 賢鎮 (准教授)

*この記事は『広島平和研究所ブックレット』7号に掲載されたものです。
ここではその一部を紹介しています。

1 東アジア地域安全保障問題

東アジアの軍事安保危機

東アジア周辺では、中国をはじめ大規模な軍事力を有する国家が集中する一方、安全保障面の地域協力枠組みは十分に制度化されてない。中国は、東シナ海、南シナ海の海空域において、既存の国際秩序とは相入れない独自の主張に基づく力を背景とした一方的な現状変更の試みを継続している。さらに、北朝鮮は二〇一七年九月、六回目の核実験を断行し、アメリカ本土に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行った後、核開発の完成を宣言した。北朝鮮の核・ミサイルの拡散への関与も深刻な懸念事項となっており、関連資材や技術を北朝鮮が入手するとともに、北朝鮮から国外へ拡散されている可能性が指摘されている。このような、北朝鮮の核開発問題に対して国際社会は国連を中心とした北朝鮮への制裁が続いている。

米国は、「自分の国の利益が何より大事」という「アメリカ第一主義」を唱え、アメリカに都合が良い貿易協定を結びたいといって保護主義を強めている。その他、台湾海峡の緊張、領土問題や最近の香港の民主化運動など、国および地域全体の安全保障にかかわる諸問題が山積している。

また、日本と韓国は二〇一六年一一月二三日、軍事秘密情報を提供し合う際に第三国への漏えいを防止するため、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結したが、二〇一九年八月二三日、韓国政府は、GSOMIA破棄決定をした。しかし、韓国政府は、GSOMIAが完全に失効する直前の一一月二二日、協定破棄の通告の効力を停止すると発表した。このようにこの地域では、依然として領土問題や経済問題をはじめとする不透明・不確実な要素が残されている。

一方、東アジア地域の安全保障の枠組みとしては米国との間の二国間安全保障体制(同盟)しかなく、多国間の安全保障の枠組みは存在していない。米国との同盟関係によって外からの脅威に対し、米国とその同盟国が合同で対処することになっているが、この体制自体が中国や北朝鮮にとっては脅威になっていると思われる。

このような現状を踏まえて、本稿では、東アジアの軍事・核ガヴァナンスの中でも、北朝鮮の核ガヴァナンスを中心に北朝鮮の核兵器を巡る国際的取り組み、そして北朝鮮の非核化プロセスについて検討する。

北朝鮮の核開発を取り巻く国際関係二〇一七年には朝鮮半島での戦争のリスクが高まった時期もあったが、二〇一八年二月の平昌冬季オリンピックを契機に雰囲気が緊張緩和へと急転換した。平昌オリンピック直後の三月五日には韓国政府の特使団が訪朝し、金正恩朝鮮労働党委員長と非核化問題や米朝関係正常化のための米朝および南北首脳会談の開催について協議を行なった。そして、文在寅大統領と金正恩委員長は四月二七日に一一年ぶりとなる南北首脳会談を行い、「朝鮮半島の平和と繁栄、統一に向けた板門店宣言」(「板門店宣言」)に合意した。

その後、ドナルド・トランプ米大統領と金委員長は六月一二日、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談を行い、朝鮮半島の完全非核化と平和体制構築を目指す「シンガポール米朝共同声明」に署名した。

この「板門店宣言」を通じて南北両首脳は、朝鮮半島の完全な非核化の実現と、終戦宣言、休戦協定の平和協定への転換などにより、南北関係を画期的に改善させ、発展させる意思を示した。「シンガポール米朝共同声明」ではトランプ大統領が北朝鮮に「安全の証」(security guarantees)を与えることを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全非核化(complete denuclearization of the Korean Peninsula)への確固とした揺るぎのない約束を再確認した。

何よりも「完全な非核化」により核のない朝鮮半島を実現する、という表現が、国際社会が北朝鮮に求める「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(Complete, Verifiable, Irreversible Denuclearization: CVID)を意味するのかについては、議論がある。

金委員長が「板門店宣言」の中で「完全な非核化」という表現に同意したのは、あくまで「米国による北朝鮮への軍事的脅威の解消と体制保証」が前提となっている。しかし、北朝鮮の非核化における問題の核心は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」の実現の具体的な期限とその方法である。

米国は、ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)を中心に「先に核放棄、後から体制保証」という「リビア・モデル」による解決を提示したのに対し、北朝鮮は「段階的かつ同時並行的」な非核化方式を主張している。北朝鮮にとっての「同時並行的」とは、体制保証や制裁解除といった「見返り」を米国から得られることを意味する。一方、韓国の文大統領は二〇一七年七月にベルリンで行った演説で「北朝鮮の核問題と平和体制を巡る包括的なアプローチにより、完全な非核化と平和協定の締結を推進する」と述べ、段階的かつ包括的な非核化方式を提唱した。

北朝鮮が主張する「非核化」とは、北朝鮮の核放棄に加え、朝鮮半島に米国の核兵器が展開せず北朝鮮に核の脅威を与えないことを含む「朝鮮半島全体の非核化」である。また「先に平和協定、後に非核化議論」というのが北朝鮮の基本的立場であり、自ら核保有国であると主張した上で、その地位を担保に米朝間の平和協定締結を求めている。

今後、北朝鮮の完全な非核化を実現するためには、北朝鮮の核戦力と核開発能力に対する「査察」と「厳格な検証」作業が不可欠である。北朝鮮が現在保有している核兵器や核物質、核施設など全ての核関連プログラムの実態を調査しなければならない。北朝鮮が今までどのように核開発を行ってきたのか、そして現在どのような核兵器や核物質を保有しているのか、徹底的に把握しなければならないのである。

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