北朝鮮の核と非核化ーー核研究の観点からの再考察

金 聖哲 (ソウル国立大学統一平和研究院元教授)

*この記事は『広島平和研究』9号に掲載されたものです。

はじめに

北朝鮮が2017年末に核戦力の完成を宣言して以来、韓国の対外政策および対北朝鮮関係(南北関係)では、北朝鮮の核問題とそれに伴う安全保障上の不安(以下、「北朝鮮の核」と記す)を解消することが最大の懸案事項となった。現在、北朝鮮の核は決して解決不可能な問題だとは言えず、非核化は平和体制構築の条件または平和体制と並んで解決されるべき要件となった。2018年に金正恩が「完全な非核化」を公言して以降、非核化が達成できるかもしれないという希望が生まれたこともあったが、米朝交渉の不確実性とハノイ首脳会談(2019年2月27~28日)の決裂により、北朝鮮の核問題の解決に向けた期待感や認識が大きく低下した。その後は、南北関係と米朝関係で何の進展もないのが現状である。

学界や専門家の間では、北朝鮮が核武装を宣言する前から、北朝鮮の核に関する様々な分析が行われてきた。既存の研究では、北朝鮮の核を、朝鮮半島周辺国の国際関係で分析するもの、非対称戦力の側面から説明するもの、あるいは北朝鮮への制裁の効果と北朝鮮の対応を分析するものが主流であった。また米朝関係、韓国の対北朝鮮政策、韓米同盟、交渉戦略、冷戦後の非核化の事例などもよく取り上げられるテーマであった。だが従来の研究は、北朝鮮の核の特殊性――例えば、冷戦終結後も米朝の敵対関係が持続したことによる朝鮮半島の安全保障の構造的不安定性――を強調するものが多く、北朝鮮の核を普遍的な核研究の対象として分析可能であるという点を、見落としがちだった。

こうした状況を踏まえ、本稿は北朝鮮の核の研究が、普遍的な核研究の観点から行われるべきであるという問題意識から出発している。外交上の最大の懸案事項となった「非核化」という用語を見ても、これは朝鮮半島の特殊な状況で生まれたのだが、普遍的な核研究の観点から分析することにより、いくつかの解釈が可能である。朝鮮半島に冷戦後の雪解けムードが急速に広まっていた1991年末に、韓国と北朝鮮は「朝鮮半島非核化共同宣言」に合意・署名し、最初に非核化という用語を正式に使用した。ところが北朝鮮が核武装したために、核問題の本質が大きく変化した状況でも、この用語は新たに定義されないまま使用されてきた。もちろん、そのことで北朝鮮と米国の双方が意図的にあいまいな状況を作り出し、これが都合よく働いたことで、北朝鮮が対話に応じたという側面もある。こうした中、2019年のハノイ会談で、米国が北朝鮮の核の全面廃棄を要求したことで、「非核化」はトランプ政権の政策に合う形で定義されることになった。もし私たちが、北朝鮮の核を朝鮮半島の特殊性だけでなく、核の普遍的な問題として認識していれば、非核化を「核不拡散」(nuclear nonproliferation)「核軍備管理・核軍縮」(nuclear arms control and dismantlement)「核抑止」(nuclear deterrence)の三つの側面から総合的に定義して能動的に取り組むために、もう少し早急に動いていたはずである。核については大きく見れば、核拡散の問題とともに、核軍備管理および核軍縮が交渉の対象であるが、核抑止に付随する実存的問題もある。北朝鮮の核は、朝鮮半島固有の状況に起因する問題と同様、核自体に伴う普遍的な問題も抱えている。

北朝鮮の核を核研究の観点から分析すれば、より深い分析と、新しい研究テーマの発見を促すことになろう。例えば、「核による強制的な脅威の非効率性」に関する命題は核武装国間に適用されるが、拡大抑止(extended deterrence)の下にいる韓国と北朝鮮の間の関係にはそのまま適用することができないという新たな問題意識を私たちに提示してくれる。つまり、北朝鮮の核武装以降の南北関係の質的変化に関する理論的、実証的な分析に対する要求を提起させるものである。また別の例として、勢力投射理論(the theory of power projection)は、核拡散の過程で核とミサイルに関連する機密技術の移転(transfer of sensitive technology)が国際政治の中で発生すると説明し、北朝鮮の核開発プロセスや非核化の過程で朝鮮半島周辺大国間の関係が主な変数となることを示唆する。すなわち、核拡散の過程に関与した大国が非核化にも重要な変数として影響を与えるという点は、意味のある研究テーマになるだろう。以上は、核研究の理論的命題が、北朝鮮の核の分析に直接的に貢献したり、見落とされた問題を新たに提起したりする可能性があることを示している。

本稿は、北朝鮮の核と非核化を核研究の次元で位置付けることにより、分析をさらに深め、広げることを目指すものである。その際、北朝鮮の核と非核化を核不拡散、核軍備管理・核軍縮、核抑止の三つの核研究の観点から分析する。非核化という用語の表面的な解釈から踏み込み、この用語に関わる問題点を明らかにすることで、本稿が非核化実現のための政策にも寄与するものと期待する。

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