徐 亦佳(広島市立大学大学院平和学研究科博士前期課程修了)
*この記事は『Hiroshima Research News』70号に掲載予定のものです。
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はじめに
私が博士前期課程(修士課程)で取り組んだ研究は、米中間における技術競争に関する考察である。国際政治や安全保障の問題は一見すると国家レベルの大きな議論に思われるが、私にとってその出発点は、むしろ素朴な疑問であった。なぜ一企業であるファーウェイが、米中対立の象徴のように扱われるようになったのか。なぜ技術や通信インフラが、安全保障や価値観の問題と深く結びつけられるようになったのか。
中国出身であり、日本で平和学を学ぶ私にとって、米中対立は決して遠い話題ではない。ニュースや政策文書の中で語られる言葉の背後には、国際秩序の再編や技術覇権の問題、さらには国家間の信頼関係の揺らぎが存在する。こうした問題を一面的に捉えるのではなく、政策決定の背景、制度的根拠、そしてその国際的影響を丁寧に整理したいと考え、本研究に取り組むことにした。
問題意識と研究の視座
トランプ政権期において、米国政府は安全保障上の懸念を理由に中国通信機器大手ファーウェイに対する厳格な輸出規制や取引制限を実施し、それを国家安全保障戦略の一環として位置づけた。私は当初、この動きを単純な米中対立の激化として捉えていたが、政策文書や議会資料、関連法規を分析する中で、その背後に技術覇権競争、同盟国との連携、国内政治要因、さらには価値観をめぐる外交戦略が複雑に絡み合っていることに気づいた。また、日本で学ぶ立場からは、この政策が同盟国にも影響を及ぼし、国際的サプライチェーンや技術標準の在り方に波及している点も重要な論点となった。
米国の法制度と政策形成過程を整理するとともに、それが国際政治構造に与えた影響を検討した。その結果、従来は軍事中心であった安全保障概念が、通信インフラや半導体といった先端技術領域へと拡張している現実が明らかになった。同時に、経済と安全保障の境界が曖昧化する中で、企業も地政学的競争の主体となっていることが浮き彫りとなった。対立の表層だけでなく、その制度的論理と政策目的を資料に基づいて冷静に分析する姿勢こそが、国際政治理解の基盤であると実感している。
松尾孝記念財団の支援
こうした研究活動を支えてくださったのが、公益財団法人松尾孝記念財団からの支援である。奨学金による経済的援助は、私にとって学業に専念するための大きな基盤となった。修士課程では多くの文献講読や資料収集、学会参加などが必要となるが、財団の支援のおかげで研究に集中できる環境を整えることができた。それだけでなく、財団との交流の機会は、研究の意義を改めて問い直す貴重な時間となった。
特に印象深いのは、対面での懇談の機会である。その場では、私の研究テーマである米中技術について説明する機会をいただき、活発な意見や質問を頂戴した。議論は、米国のNPOの役割や市民社会の活動へと広がり、国家間の競争が激化する状況下において、非政府組織がどのように公共性や透明性を担保し、社会的対話の基盤を支えているのかという点について意見交換を行った。国家主導の政策対立を分析する私の研究にとって、市民社会の視点は当初必ずしも中心的な論点ではなかった。しかし、米国のNPOが政策形成に一定の影響力を持ち、また民主主義社会における説明責任や議論の場を支える存在であることを再認識したことで、技術競争というテーマをより多面的に捉える必要性を感じた。
平和研究において重要なのは、単に戦争の不在を論じることではなく、対立を調整する制度や社会的基盤を検討することである。技術競争が国家安全保障化される過程を分析することは、対立がエスカレートするメカニズムを理解することであり、同時にそれを抑制する可能性を探る営みでもある。財団との対話を通じて、私は自身の研究を国際政治経済分析の枠内に閉じ込めるのではなく、市民社会や規範形成、公共的議論との関連の中で再構築する視点を得た。この学びは、論文の結論部分において、技術競争がもたらす分断の可能性とともに、国際的対話や制度的協調の余地について言及する動機ともなった。
また、財団の皆様から頂いた温かい励ましの言葉は、研究を進めるうえでの大きな支えであった。研究は時に孤独な作業であり、資料の読解や論理構成に悩むことも少なくない。しかし、自身の研究テーマに真摯に耳を傾けてくださる方々がいるという事実は、学問的探究を社会へと開かれた営みとして捉えるきっかけとなった。奨学金は単なる経済的支援ではなく、研究活動への信頼と期待の表れであると感じている。その期待に応えるべく、私は常に問題意識を明確にし、実証的根拠に基づく議論を積み重ねることを心がけてきた。
修士論文を完成させた今、振り返れば、研究の深化と同時に、自らの視野が大きく広がったことを実感している。米中技術競争という大きなテーマを扱いながらも、その背景にある制度や社会、そして平和的秩序の可能性に思いを巡らせることができたのは、財団との交流を含む多くの学びの機会があったからにほかならない。今後も本研究で得た知見と視座を大切にし、国際社会の緊張緩和や相互理解の促進に資する研究を続けていきたい。
おわりに
国際社会は現在、大きな転換期にある。技術、経済、安全保障が複雑に絡み合い、国家間の関係はこれまで以上に多層的になっている。そのような時代において、一研究者として冷静かつ実証的に問題を考察する姿勢を忘れずにいたいと考えている。
最後に、研究活動を力強く支えてくださった松尾孝記念財団に心より御礼申し上げます。奨学金による支援は、単なる経済的援助にとどまらず、研究者として成長するための大きな励みとなった。今後も学術研究を通じて和平への理解を深め、その成果を社会に還元できるよう努力を続けていきたい。
誠にありがとうございました。