「被爆体験の継承」と文書資料ーー広島市における各施設が抱える課題

四條 知恵 (准教授)

*この記事は『広島平和研究』9号に掲載されたものです。

はじめに

被爆から76年が経過し、被爆者が高齢化する中、被爆者個人や被爆者団体を始めとする市民団体などの資料をどのように保存し、後世に伝えていくのかということが、課題となっている。

本稿は原爆被害を伝える資料の中でも、特に文書資料を取上げ、広島平和記念資料館、広島市公文書館、広島県立文書館などの広島市内における博物館、アーカイブズ機関などのアーカイブ機能を持つ施設における原爆被害に関わる文書資料の現状を当該施設職員への聞き取りなどに基づき、整理・検討することで、現在の広島市における同文書資料をめぐる課題を明らかにする。また、特に広島市の基本構想、基本計画を検討することで、「被爆体験の継承」が声高に叫ばれる中で、原爆被害を後世に伝える主要な手段の一つである文書資料が、市政において意識されていない現状を考察する。なお、広島における原爆被害に関わる文書資料は、主に公文書などの行政関係資料とそれ以外の原爆被害に関わる各地域における様々な記録(地域資料)に分けられるが、本稿では、特に散逸が懸念される後者に焦点をあてることとする。

1. 原爆被害に関わる文書資料

原爆被害に関わる文書資料には、どのようなものがあるだろうか。一口に文書資料といってもその内容は多岐にわたり、関心のある人以外には、イメージしにくいものでもある。広島地域における原爆被害に関わる文書資料の概要を表 1 に整理した。「地方公共団体関連資料」には、広島県、広島市を始め、各市町村のものがある。①上記地方公共団体の公文書のほか、行政資料として調査報告書や広報誌などの各種刊行物、②原爆被害を受けた県立・市立学校関係資料、③『広島県史 原爆資料編』や『広島原爆戦災誌』に代表される県史・市史の編さん資料なども該当する。広島県や広島市を始めとする地方公共団体は、長年にわたり予算と労力を割いて原爆被害を含む地域の歴史を記述し、これらの編さんに伴い、多くの資料を収集してきた。公文書とは資料の性格が異なるが、地域資料を含むこれらの県市町村による自治体史編さん時の資料も、地方公共団体に関わる主要な歴史資料群の一つである。このほか、公的な資料ではあるが、広島県、広島市の機構に含まれない資料を個人あるいは団体が所蔵している場合もある。「その他の地域資料」には、個人資料と団体資料があるが、前者の主だったものには、日記、手紙、ビラ、名簿、罹災証明書や死亡証明書などの証明書類などがある。また、後者には、各事業所、会社、労働組合、自治会、市民団体、私立学校、宗教団体などの社会の構成単位である各種団体の資料がある。このうちの市民団体には、被爆者団体を始めとする被爆者運動、平和活動を担ってきた団体、NGO なども該当する。代表的な宗教団体は、教会や寺院などである。これらの団体は、日誌や会計簿、議事録などを始め、各種調査票、通信・ニュース、ビラ、刊行物などの多岐にわたる資料を生み出してきた。例えば、被爆者援護をめぐって行政側に対し市民が訴訟を起こしてきた経緯を考えても、地域資料は、行政関係資料を補う重要な記録である。

なお、「原爆被害に関わる文書資料」とくくると、時期的には原爆投下直後に焦点が当たりがちであるが、原爆被害という歴史的出来事を知るためには、原爆投下直後を含む、「戦前」「戦中」「戦後」も視野に入れる必要がある。戦前には何があり、それが原爆被害を経て、戦後、どのような歩みを辿ることになったのか。 それらを総合して初めて、原爆被害というものを窺い知ることができる。そのため、同文書資料の時期は長期にわたり、かつ現在も生み出されているものであるということを指摘しておきたい。

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