徐 顕芬(准教授)
2024年10月に石破茂内閣が発足して以来、日本と中国の間にはハイレベルの往来が活発化して、日中関係が明るい方向へ動き出しているように見える。11月16日に、中国国家主席習近平と日本首相石破茂はAPEC首脳会議の際に、ペルーで会談を行った。首脳会談後、石破首相が強調する「実感」できる成果として、中国側は11日末に日本人の短期滞在ビザ免除の再開に踏み切った。
12月25日から26日の2日間、日本外相岩屋毅が中国を訪問し、王毅共産党政治局員兼外相と会談、李強中国国務院総理を表敬訪問し、劉建超中国共産党中央対外連絡部長と夕食会を行った。12月29日に石破首相はTBS番組で「中国に行くのは極めて大事なこと」だと発言し、訪中して習近平と首脳会談を重ねることに意欲を示した。この発言に対して、2025年新年早々の1月2日に、中国外務省の毛寧副報道局長は記者会見で「中国は日本と共に各レベル、各分野で対話と意思疎通を続け、建設的で安定的な関係を築きたい」と述べ、ハイレベルの対話に中国側の前向きな姿勢を示して応じた。
一連の外交活動において、日中両国は、日中関係の方向性を確認して、両国間の課題や懸案を減らし協力と連携を増やしていくため、互いに取り組むことを掲げる。存在する問題に真摯に対処し、できるだけ協力していくことで努力する姿勢から、今後のさらなる発展を期待したい。
1、日中関係の方向性を互いに確認する
習主席と石破首相はペルー首脳会談で、「戦略的互恵関係」を包括的に推進し、「建設的かつ安定的な関係」を構築するという日中関係の大きな方向性を共有することを確認した。首相は会談の冒頭で、「戦略的互恵関係の包括的推進と、建設的かつ安定的な関係の構築に向けた大きな方向性を共有する」と呼びかけ、日中関係の改善に意欲を見せた。習は「ともに中日関係の正しい軌道に沿った長期に安定した発展を推し進めたい」と応じた。
「戦略的互恵関係」の包括的推進とは、日中間にはいくつかの難問を抱えることを確認しつつも、大局的観点に立ち互恵協力を深めさせるという決意を表明すること、建設的かつ安定的な関係の構築とは、懸案を管理しつつ、共通の利益拡大へ協力すること、と理解できよう。
岩屋外相が訪中する際、中国総理李強は、日中は一衣帯水の隣国だと踏まえて、「互いに協力パートナーであり、互いに脅威にはならないことは両国が共にした厳かな約束」だと強調し、岩屋外相は、日中両国は2000年以上の友好交流の歴史を持っていると応じた。
石破首相は、TBSテレビ番組では、日中関係は「安定的でなければならない」こと、「信頼関係を築き、互いの利益を模索していく」こと、「日中関係が発展してよかったと国民が実感できる具体的な成果を双方の努力で積み上げていきたい」と強調した。
このような動きの背景には、来る1月20日にスタートする米国トランプ次期政権の誕生が控えていることがある。中国にとっては、トランプ次期大統領が対中関税引き上げを公言するなど、米国新政権の強硬姿勢に臨むことが予想され、他の主要国や周辺国との関係安定化を急いでおり、対日関係の立て直しもその一環と位置付けているだろう。また、景気低迷が続く中、日本との経済関係を増強させる期待もあるとみられる。
他方、日本側としても、第1次トランプ政権の経験から、第2次トランプ政権も「アメリカファースト」の下で米国の圧力が増すことが予想される。中国との関係停滞を打開し、日本企業が中国ビジネスで実利を得られる環境を整備したい考えがある。また、石破内閣の国内政治基盤が弱いことも背景に存在する。
日中双方は国際情勢や地域情勢が大きく変化する中で、現在こそ、両国関係が改善と発展の肝心な時期にあると強調し、相手国との関係に前向きな姿勢を示している。
2、日中間の課題と懸案を管理する
日中関係にはいくつかの課題と懸案が存在する。それらを減らすということよりは、とりあえず「管理する」ということが求められている。
日本側は、「主張すべき点は主張する」こととして、以下の三点を中国側にぶつける。1つ目は、日本産水産物輸入再開の問題である。石破は、東京電力福島第一原発の処理水海洋放出を巡り、中国が全面停止した日本産水産物輸入再開の合意を実施していく方針を確認したところ、習近平は「両首脳はハイレベル対話の仕組みを活用し、合意を早急に行動に移すことで一致した」と応じた。また石破は日本産牛肉の輸出再開と精米の輸出拡大に係る当局間協議の早期再開を求めた。
2つ目は、東シナ海情勢や中国軍の活動の活発化への懸念を伝えた。また、台湾情勢をめぐり最近の軍事的な動向も含めて注視していると伝え、台湾海峡の平和と安定が国際社会にとって極めて重要だと強調した。そして、石破首相は拘束されている日本人の早期釈放を求めた。
3つ目は、蘇州や深圳での日本人学校の児童等の殺傷事件に関し、在留邦人への安全対策強化を要請した。これに対し、習主席から、中国は法治国家であり、法に基づき事件を処理する、また、日本人を含む在中国の外国人の安全を確保する旨を発言した。
中国側は、歴史問題と台湾問題を「重大な原則問題」として、その意見違いを「コントロール」するようにと日本側に注意を喚起する。習主席は「歴史や台湾などの重要な原則の問題を適切に処理するとともに意見の隔たりを建設的に管理し、両国関係の政治的な基礎を守ることを望む」と述べた。
歴史問題については、中国側は、岩屋外相が「村山談話の明確な立場を引き続き堅持し、深い反省と心からの謝罪を表明する」と発言したと発表したことに対して、岩屋外相本人は、「石破内閣は村山談話・安倍談話を含むこれまでの総理談話、日中間の4文書を引き継いでいる」と発言したといい、「村山談話」だけに言及したわけではないと指摘した。中国側の発表にズレがあると指摘されたことに対して、中国側は「侵略の歴史を正しく理解することは信頼を得るための前提条件だ」と主張している。
台湾問題について、中国側は中国の内政問題で、日本側に言われるのは内政干渉だと見ている一方で、石破首相の表明は、前首相岸田文雄の表明よりは誠意があるものと見ている。習との会談で、石破は、1972年の日中共同声明を堅持するという日本の立場に変わりはないこと、日本側は、日中4つの政治文書で確立された原則とコンセンサスを堅持し、平和的発展の道を歩むことを堅持し、歴史を直視し、未来を見据えるという精神に基づき、あらゆるレベルで中国側と率直な対話を行い、相互理解と相互信頼を高めていく所存であること、などを述べた。
3、協力と連携の機会を増加する
協力と連携の機会は、次のような分野にあると確認されている。
1つ目は、経済協力の分野について協議し、「両国は協力とウィンウィンの関係を堅持して世界の自由貿易体制とサプライチェーンの安定を守るべきだ」と確認した。また、両首脳は、環境・省エネを含むグリーン経済や医療・介護・ヘルスケア等の分野において、具体的な協力の進展を図っていくこと、及びグローバル課題で協働していくことで一致した。
2つ目は、人的交流・文化交流、国民間とりわけ青少年間の交流を強化すること。岩屋外相が訪中する際、岩屋を日本側議長、王毅を中国側議長として、阿部俊子文部科学相や、経済産業省、観光庁、文化庁の関係者とともに、第2回日中ハイレベル人的・文化交流対話を開催した。
この対話では、人文交流に関する交渉で10件の合意があった。映像・音楽・出版・アニメーション・ゲームなどエンターテインメント産業で協力を継続し、高い水準の芸術団交流と相互訪問、両国クラシック著書の相互翻訳出版を支持するなど、中日両国の文化産業協力を強化すること、メディアとシンクタンクの交流と協力も強化すること、などに合意した。
岩屋外相が訪中する際に、中国人のための観光ビザ発行を大幅に緩和する措置を発表した。10年間有効の観光数次ビザを新設し、団体旅行ビザで滞在できる期間を従来の15日から30日に延長した。昨年11月末に、中国は日本人のための短期滞在ビザ免除措置を再開した。
3つ目は、拉致問題を含む北朝鮮情勢についても意見交換が行われた。岩屋外相は会談後の記者会見で「北朝鮮の核およびミサイル活動と北朝鮮軍人のウクライナ戦闘参戦を含むロシアと軍事協力進展に対する深い懸念を表明し、中国が重要な役割に対する期待を伝えた」と明らかにした。ただ、中国側の発表文には北朝鮮への言及はなかった。
4、さらなる発展を期待して
もちろん、短期間で日中間の課題や懸案が解決されることは不可能であろう。日本人が巻き込まれた蘇州や深圳での事件で、中国は真相解明を求める日本側に十分な説明をしていない。スパイ容疑で拘束された日本人の早期解放の実現も見通せない。他方、中国の悲願の「核心的利益」である台湾統一や、米国との関係をめぐり、日中間で根本的なズレが依然として存在している。
しかし、日中双方は、王毅外相の早期訪日を実現し、関係閣僚を交えて「ハイレベル経済対話」を開催することで一致している。李強総理の訪日も含めて日中の首脳や外相の往来を軌道に乗せ、日中双方は抱える問題に真摯に向き合い、協力連携の可能性を広げていくことは期待できるのではないだろうか。