Tempus Fugit(時は逃げ去る)
ーーー広島平和研究所での7年間の在職を振り返って

佐藤 哲夫(特任教授)

*この記事は『Hiroshima Research News』67号に掲載予定のものです。
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はじめに

私は、前任校である一橋大学大学院法学研究科を国際法の教授として2018年3月に63歳で定年退職した後に、広島平和研究所が広島市立大学大学院平和学研究科を開設するのを支援し、国際法関連科目を担当するために、同年4月に広島市立大学教授として着任した。その後、2020年4月以降は特任教授となっている。

大学院平和学研究科修士課程(現・博士前期課程)が2019年4月に開設され、同博士後期課程が2021年4月に開設され、大学院での教育や運営に関わってきた。以下に、社会貢献活動と教育活動および研究活動として公表できた成果について感想を含めて簡潔に紹介する。

  

1 社会貢献活動

2019年に企画・実施した連続市民講座と国際シンポジウムを取り上げたい。

連続市民講座については、冷戦の終結後のアジアでは軍事的緊張が続いていることを踏まえて、「アジアの平和とガヴァナンス」と題したものを実施し、約100名の登録参加者があった。ともすれば、「核兵器の廃絶」という問題にしか目が向かない傾向のある広島の地で、このようなテーマの講座を開催するに際しては、次のような説明を加えた。

広島平和研究所は、「学術研究活動を通じて、核兵器の廃絶に向けての役割を担う」ものですが、「核兵器の廃絶」には2つの道があると言われます。第1は、核兵器そのものを削減・廃止する直接的なアプローチであり、第2は、戦争が起こらないような仕組みを作ることをめざす間接的なアプローチです。核廃絶には、これら2つの両方が必要だと言われます。

国際シンポジウムは「核兵器と反人道罪のない世界へ」と題して広島国際会議場において約280名に及ぶ参加者を得て実施した。国際社会・国際法にとって画期的ともいえる国際刑事裁判所に焦点を当てたシンポジウムであり、ロシアによるウクライナ侵攻とイスラエル・ハマス紛争の展開する現在から見れば、極めて先見の明のあったテーマと自負している。もっとも、共催機関である中国新聞社の協力を得るには「核兵器の廃絶」の柱が不可欠であるという事情のために、人道に対する犯罪と国際刑事裁判所を主柱としながらも、核兵器使用の規制や処罰を副柱とする苦渋の構成であった。

2 教育活動

平和学研究科においては、「現代国際法と平和」と「国際組織と国際制度」を担当した。6年間の授業開講期間を通して、常に複数の履修者(多くは4~6名)がおり、いずれの科目でも、様々な質問が出されたことや、(特に留学生については)レジュメの添削をしたことなどにより、毎週5日の勤務時間の内、2日半は授業の準備と実施に充てることになった。その意味で、丁寧な授業を心がけたわけであり、授業期間中は勤務時間の半分を教育に充てたといえる。その結果、概ね、院生からも高い評価を得てきた。

特に様々な質問に的確にかつ最新の情報で回答するという点では、研究室の書籍や資料よりもネット上で入手できる電子情報が豊富かつ充実してきており、それらを広範に入手し、モニター画面上で、サクサクと切替えながら説明できるという経験を積むと、今や少人数での双方向教育でも、対面よりもオンラインの方がより良く実施できるのではないかと思われる。実際、優秀な院生は、毎週の授業という短時間の準備にもかかわらず、私も気がついていないような資料を見つけてきて理解を深めてくれることもあり、時代の変化を感じる次第である。

3 研究活動

平和研での研究活動への私の取り組み方としては、少なくとも二通りの姿勢がありうるだろう。第1は、従来の国際法の研究者としての関心の発展であり、基本的には国際法の研究者を読者として想定することが多い、専門的な研究である。第2は、平和研における平和学という、より広い、より実践的な性格の強いアプローチにおいて、国際法という、国際社会を規律すると理解・期待される法が、どのように貢献できるのか、に焦点を置くものである。

結果的に評価すれば、私の研究は、これら二つを同時並行的に進めながらも、種々の事情により、第2の研究活動に重点を置くものになったと結論できる。このような結果を側面から正当化する事情として、次のような点にも触れておく価値があるだろう。すなわち、研究を継続してきた60歳代の研究者は、そのような蓄積のある研究者にして初めてできるような取り組みを優先すべきだということである。

このような考え方をより明確に「青年期の学問」と「老年期の学問」の対比という視点から深めた、三谷太一郎氏の説明を踏まえて、平和研に在職中の7年間の私の研究活動・成果を簡潔にまとめるならば、確かに一方では、採択された科研費研究に示される、国際法の研究者を読者として想定した専門的各論的な研究を、限られた時間の下ではあるが継続した。しかし他方で、多くの時間を傾けたものは、着任時における私の国際法の研究者としての業績を踏まえたテーマに基づくとともに、平和学における国際法の貢献という問題意識に触発された総論的なものを目指した研究活動であったと評価できるように思う。

* 本稿は、『広島平和研究』12号(2025年3月発行)に掲載された筆者のエッセイの要旨であり、脚注も省略している。詳細については、同エッセイをご参照いただきたい。