原子力民生利用と核不拡散 ——核不拡散条約(NPT)50年の課題と展望 Civil Use of Nuclear Energy and Nuclear Non-proliferation: Issues and Prospects of the NPT at 50

鈴木 達治郎 (長崎大学核兵器廃絶研究センター副センター長・教授)

*この記事は『広島平和研究』9号に掲載されたものです。

1 はじめに

2020年は核不拡散条約(Nuclear Non-Proliferation Treaty: NPT)発効50周年、1995年のNPT無期限延長から25年という節目の年であった。コロナ禍の影響で、発効50周年という記念すべき再検討会議は2022年1月にまで延期された。NPTは国連加盟国のほとんど(191か国)が加盟している最も普遍的な条約となり、核拡散防止に果たした役割は大きい。事実、原子力民生利用とその軍事転用を防ぐために大きな成果を上げてきた。一方で、半世紀を経てその限界や新たな課題も浮き彫りになってきた。

50年前、5大核保有国(米、旧ソ連、英、仏、中)以外への核拡散を防止することが大きな目標であったが、結果的には、NPT体制外にいるインド、パキスタン、イスラエルが核保有国となり、NPTから脱退した北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と合わせて、9か国が核保有国となった。それ以外にも、核兵器プログラムを秘密裡に進めているのではないか、という核疑惑国もイラン、イラクといった中東地域で発覚した。イランの核疑惑は今も深刻な状況が続いている。

世界の原子力民生利用の動向もここ50年で大きく変化した。特に2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故は、世界の原子力情勢に大きな影響を与えた。この影響もあり、世界の原子力発電の伸びは予想されたほど大きくならない状況となっている。しかし、原子力市場における中国、ロシアの台頭や、核兵器転用可能な核物質の増加等が、核拡散リスクや核セキュリティへの懸念を高めている。
本論文では、このような課題を抱えるNPT体制の今後について、(1)NPT50年の成果と課題、(2)国際原子力市場の変化と課題、(3)中国とロシアへの対応、(4)核セキュリティの現状と課題、(5)IAEA保障措置の抱える課題、といった課題ごとの問題に加え事例研究として、(6)イラン核疑惑と米・英・豪合意(AUKUS)を扱う。

2 核不拡散条約(NPT)の50年――成果と課題

1968年に署名・採択されたNPTは、1970年に発効し、それ以来、国際社会の核拡散防止体制の中心として機能してきた。1995年の条約無期限延長決定の時には、冷戦終了後における核軍縮への期待も高く、NPTをはじめとして、包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始、といった新たな核軍縮の動きも見られた。しかしながら、その後の国際情勢は決して期待した通りには進まず、核軍縮・不拡散をめぐる情勢も厳しいものとなっている。以下、NPT発効50年の成果と課題を簡単に振り返ってみたい。

(1)核不拡散規範の普遍化

NPTの大きな狙いは、NPT署名時点で核保有国であった5か国以外に、核保有国をできるだけ増やさない、すなわち「水平核拡散防止」にあった。言い換えれば、できるだけ多くの国がNPTに参加して、核不拡散の国際規範を普遍的なものにしたい、ということであった。

現実には、NPTは上記に示したように国際条約の中でも最も普遍化した条約となったことは特筆に値する。NPT加盟国では唯一、北朝鮮が脱退宣言後に核武装を行ったが、それ以外のNPT加盟非核保有国が核保有に至った例はない。当初はNPTに参加していなかった核保有国の中国、フランスもNPTに参加し、一時は核保有国であった南アフリカ共和国は核兵器を廃棄した後、NPTに参加した。こういった流れが、NPTの核不拡散規範化を示す良い例と言えよう。

一方、米国及び旧ソ連の同盟国も、核保有の選択肢を放棄してNPTに参加したが、その背景には、核保有国の同盟国として「核の傘」が与えられたことも忘れてはいけない。これが次に述べる第6条との関係でNPT体制の一つの大きな課題となってきたのである。

また、国連加盟国でNPTに参加していない国は、インド、パキスタン、イスラエル、南スーダンの4か国しかないが、南スーダンを除く3か国は核保有国であり(ただしイスラエルは公式には核保有を認めていない)、前述の北朝鮮と合わせて、NPTの外に4か国の核保有国が出現していることは、NPT体制の一つの限界として留意しなくてはいけない。また、1990年代のイラク、2000年代のイランのように、未申告の核活動が露呈し、NPTの下での保障措置・査察の限界も指摘されるようになった。未申告活動の検知能力向上を目的とした「追加議定書」が1997年に採択されたことは大きな進展であったが、2021年4月現在、締結国は137か国と欧州原子力共同体(EURATOM:ユーラトム)となっており、普遍化は道半ばといったところである。なお、NPTでは追加議定書は義務化されていない。

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