核兵器禁止条約と日本の役割

                         水本 和実(教授)

*この記事は『広島平和研究所ブックレット』6号に掲載されたものです。
ここではその一部を紹介しています。

1 核兵器禁止条約成立後の課題

 二〇一七年七月に国連で核兵器禁止条約が採択された背景には、結束して交渉を進めた非核兵器保有国の努力、あるいは核兵器廃絶を求める国際NGOや日本の被爆地・広島、長崎の市民らによる、全面的な支援があった。そうした成果が実を結んだといえよう。しかし、課題も山積している。
 まず、核兵器保有国が条約に反対し、非協力的であること。いくら条約ができても、肝心の核兵器を現に有している国が加わらなければ、実効性がない。次に、日本やオーストラリア、NATO諸国など、米国の「核抑止力」に依存する、いわゆる「核の傘」の下にいる国も、核兵器保有国に同調して、条約に反対し、非協力の姿勢をとり続けている。こうした国々はさらに、核兵器開発やミサイル実験を継続してきた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核の脅威に対しては、安全保障上、「核抑止力」が必要だと強調し、条約の意義を否定している。
 こうした事態をふまえ、条約が核兵器のない世界実現へ向けて、力を発揮しうるのか、その条件は何か、あるいは核兵器保有国や「核の傘」の下にいる国々の反対や非協力を克服する方法はあるのか、などについて、専門家と市民がともに考えることをねらいとして、広島市立大学広島平和研究所は二〇一七年十月から十一月にかけて、連続市民講座「核兵器禁止条約の展望と課題」(全五回)を開催した。本稿はその第五回で「核兵器禁止条約と日本の役割」と題して行った筆者による講義内容をもとに加筆・執筆したものである。
 講義では、最初に過去四回の講義の内容について整理した上で、筆者に与えられたテーマである「核兵器禁止条約と日本の役割」について述べた。具体的に、まず世界の核の現状について触れ、北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐって緊張を高めつつある米朝関係の緊急課題について私見を述べた。次いで、日本の市民の間でも理解しにくいとの認識が広まりつつある北朝鮮の社会や市民をどうみるかについて、筆者自身が二〇一七年八月にNGOの一員として北朝鮮を約一週間訪問した経験をもとに報告した。その上で、「核兵器のない世界」を目指すうえで克服すべき、国際社会の核兵器をめぐる対立について指摘。最後に、日本にとって核兵器とはいかなる存在であり、核兵器禁止条約が制定された今、日本が果たすべき役割について、私見を述べた。以下、その内容を紹介する。

2 核兵器禁止条約に関する多様な視点からの問題提起

 筆者の講義のテーマ「核兵器禁止条約と日本の役割」について述べる前に、まず第一回から第四回までの講義の主要な論点だと筆者が考える内容を整理し、核兵器禁止条約に関して多様な視点からの問題提起があることを確認した。それぞれの講義のテーマ、講師および主要な論点は、以下のとおりである。

北朝鮮の核・ミサイル問題
 連続市民講座の第一回ではまず孫賢鎮・広島平和研究所准教授が「核兵器禁止条約から見た北朝鮮の核・ミサイル開発」と題して講義した(第一部第一章参照)。この中で孫・准教授は、北朝鮮が着実に核兵器およびミサイルを開発し、すでに米国本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の完成をほぼ終えたと述べた。さらに国連安保理などが経済制裁を実施している中、ミサイル発射実験のために約三億ドル、核兵器開発のために十一~十五億ドルの費用を費やしたという。こうした費用は武器輸出や海外への労働者派遣、サイバー犯罪などにより、ほぼ自前で捻出したとみられる。
 北朝鮮の非核化を実現するにはまず六カ国協議に頼るべきであり、特に日米韓の役割が重要だと孫准教授はみる。「朝鮮戦争の休戦協定に代わる、米朝間の平和協定を結ぶべきだ」との提言もなされているが、韓国内には反対が多いという。今後のシナリオとしては、①北朝鮮にまず非核化求める、という考えがある一方で、②北朝鮮には非核化を求めつつ、米国にアジアからの核撤去を求めるべきだという考えもあり、引き続き注目すべきだと孫准教授は述べた。

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